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2008/07/04

特集:コバルト爆弾αΩインタビュー(前半)

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文=藤沼 亮

 DTM環境の浸透がもたらしたのはDSP処理によるコンプレッサーとイコライザーによる音圧の強度であり、定位こそ違えども、メジャーもインディーも包摂した「帝国」的J-POPがテクノ-ハウスのキックと同じ音圧で鳴る環境なのだと思う。
 都市の高層ビル群はこのとき巨大なプレートリバーブで、皮膚は四六時中音波を触覚し続ける。その終わらないリバーブ成分はこう囁いている。「買え」「買って死ね」と。ただそれだけを反復し続ける街のサウンドスケープに日夜さらされて生きていくこと。サブリミナルに僕たちは情報戦の前線に放り込まれている。ここでは一発の銃声も悲鳴も聞こえない。より大きく、より強く、つまり、より多く「売る」ために肥大化した低音が反響し続けるだけだ。都市とは最も成功したダブミックスなのだろうか。
 UDXやヨドバシカメラに端を発する商圏の変動が典型的なジェントリフィケーションであることは、中央通りを境界として東側に再開発が集中し、西側に未だ怪しげで素敵なパーツ屋が残る路地があることからも明らかだろう。その境界で、飽和した情報化社会と暴走する市場原理の戦争-祝祭が内側から自壊した。2008年6月8日の秋葉原での出来事をそう捉え直してみる。(…)

 象徴的に言えば、『電車男』以降の秋葉原とは電通と経団連が生み出したテーマパークであり、先行投資とマーケティングの、資本と情報戦の「現実」における戦場-祝祭空間であって、あれは「趣都」でも「オタクの聖地」でもない。中央通りを歩くとき、人は、消費者であり傍観者であるところの「兵士」になっている。僕もあなたも、加藤智大も。
 だが、同じ秋葉原で、その戦争-祝祭空間のサウンドスケープに干渉した音楽があった。この戦争状態にある街に、静かに亀裂を入れた空間があった。コバルト爆弾αΩのダンスフロアを、僕はそういうものとして経験した。それを記録しておきたい。
 僕(たち)は、傍観者ではなくダンサーとして、しかし「意味」や「利潤」を生産するでもなく、ぐだぐだと秋葉原の路上レイブに集い、踊った。何も生産せず、何も意味しない、無駄で無意味な肉としての(器官なき)身体と、一週間分の孤独を持ち寄って。資本に回収される意味性をはぎとった存在の基底で、僕たちはまだ誰かと通じ合うことができるのかもしれない、僕はそんなことを考えながら、コバルト爆弾αΩのDJ・VJで踊っていた。
 たぶん、それは僕だけだろう。コバルト爆弾αΩの認識がこれ↑とはまた別の角度から時代を捉えていることは、以下のインタビューを読めば明白である。
 こう書きながら、現代思想の概念や、メタファーによって書くことの限界を覚える。詩と哲学が機能しない時代。こんなもん誰が読むんだよ。加藤智大がもし『罪と罰』を読んでいたら、救われただろうか。だが僕はデリダとツェランに救われたとはっきりと断言できる。で、加藤智大も読んでいたと報道された『GUNSLINGER GIRL』にも、僕は救われた、ような気がするのだ。フィクションではあっても、ヘンリエッタやトリエラ、リコ、クラエス、ジョゼやヒルシャー達の過酷な生を前に、自分の生のあり方を問い直す契機となるような、少なくとも僕にとってガンスリはそういう作品ではあった。その同じ作品を巡る、彼と僕との間にある決定的なズレはなんなのだろう。
 優しさと知性、そういう文化資本の決定的な格差を超えて、無数の兵士である僕(たち)に届く作品というものは、いかにして可能なのだろう。作品じゃなくてもいい、僕たちはどうやったら友達になれるんだろう。何が人の心を動かすのだろう。
 コバルト爆弾αΩの路上でのDJ・VJには、そのヒントがたくさん隠されていた、ように思う。通り魔事件を受けて秋葉原でのライブペインティング・レイブが活動休止にある今、その一端でも分かち合うために、このインタビューをお届けする。

***以下、インタビュー前半を掲載します***

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――まずは自己紹介からどうぞ

α 担当はDJと営業活動と、ブッキング担当、あとプログラムを書く担当のαです。

κ κです。担当はVJと絵を描いたりしてます。あとハードコア系のチラシのデザインなどを。

ρ Ωの弟のρです。僕は一回だけ秋葉原でVJをやって。あとはオタク的な話をダベるだけ、です。

β 今のところまだ何もしてないんですけど……DJのβです。

θ VJと、衣裳とか……natural hi!!と一緒にTシャツ作る予定です。

Ω VJをやっています。一応コバルトのブレインですね。仲間内ではファッキン・ブレインと呼ばれています(笑)。

――コバルト爆弾αΩの結成のいきさつから聞かせてもらえるかな。

α 2年くらい前に、ableton Live使用者限定のDJイベントに出ることになったのが、「コバルト爆弾αΩ」結成のきっかけですね。ネタがないので誰か誘って一緒にやろうと思って、せっかくならぶっ飛んだやつと組んだら面白いだろうと。それでΩを誘いました。

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左から:α、κ、ρ

Ω 僕とαは小学校の同級生なんです。それからしばらくは二人で千葉大のイベントに参加したりしてたね。

α で、そのうち千葉大の同級生で⊿という男がミキサーやエフェクターで参加するようになります。あいつツマミひねるの上手くて(笑)。Ωはすごく下手だった。開けるべきところまでフィルターかかりっぱなしにして、音がモコモコだったりとか(笑)。

Ω それで僕がリストラされかけて(笑)。居場所がなくなるってことでVJを担当することになった。

α あとは、新しいことをやろうとするたびにメンバーを補給していきましたね。イラスト描けるからκを入れて、Tシャツ作りたいからθを入れてって感じで。

――遠藤一郎&愛☆まどんな達と出会ったのはいつ?

α それは、去年大学院で芸術の授業とってたんですけど、そのときの先生が千葉のアートセンターっていう場所を借りてイベントを企画して、そのイベントのメインのアーティストが岡田裕子さん(会田誠夫人)だったんですけど、僕はそこでラジオを放送することになってて、そのラジオの編集をしに会田さんの家に行ったら一郎さんが寝てた。そこで色んな話をするようになって、そのとき愛ちゃんも絵を描いたりしてて、多分一郎さんが、こいつらはアキバで使えるって思ったんじゃないですかね。

――秋葉原で、愛☆まどんなライブペインティングと一緒にDJ・VJをやるようになったのはいつから?

α 今年の一月からかな。毎週末やってたよね。本当に。

――なるほど。結成から現在にいたる流れを駆け足で振り返ってもらったところで、ここから本題。今、ポップミュージックを取り巻く状況を考えたときに、90年代までは、ロックでもダンスミュージックでもジャズでも、わりと大きな潮流があって、振り返ってみると「通史」がぼんやりとある。ただ、僕らが十代を過ごした90年代って、何かあったかというと、オルタナ-グランジ、テクノやメロコアが小集団を形成してたくらいで、あまりない。それは音楽に限った話ではなくて、“ポストモダン”の必然的な帰結で、それを共通の体験のない時代、と言わせてもらうけど、そんな僕らが、唯一共有できる記憶や経験って、それこそ人格形成以前の段階で叩き込まれたアニメだったりしかないのかなと思う。コバルトでアニソンかけてるのって、何か狙いとかある?

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左から:β、θ、Ω

Ω ジャンルを越えようっていう意識はありますけど、“共通の体験”としてのアニメっていうのはあんまりないです。αはアニメ見ないしね。アニメはあくまで選択肢の一つとしてあるだけで、メインというわけではないです。

α 僕は2 MANY DJ'sのスタイルの影響が大きいんですけど、ジャンルに囚われない“別の視点”を持ってもらいたいというか。テクノが好きな人は音が好きなわけだから、音が良ければアニソンでも踊ればいいじゃんって思うし、アニソンが好きな人は、ネタで楽しむのもいいけど、純粋に音で踊ってもいいじゃんって。



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――路上レイブで『月がとっても青いから』がかかった時に思ったんだけど、あれ『AKIRA』でちょろっと流れるシーンがあるじゃない。あのDJは“アニソン縛り”でやってるんだろうと思ってたの。だから『AKIRA』で使われてたから『月がとっても青いから』も無理矢理アニソンとして解釈する、その思考回路の捻れにシンパシーを覚えた。ただ、そういうのって知らないと楽しめないじゃない。たとえばニコニコ動画みてる人たちって、そういう過去の遺産への知識や教養が(アニメ・漫画の領域ですら)伝承されてない、知の系譜が寸断されてると思うんだけど。そういう意味ではコバルトの活動って啓蒙的だよね。

Ω 『月がとっても青いから』はおっしゃるとおり、アニソンとして使いました。そのネタを理解してもらえてすごく嬉しい! αは音が良ければいいって言ってましたけど、僕としてはネタとしての面白さも仕込んでおきたいんです。ただカッコいい音・映像を発信するというのではなく、音と映像を上手く組み合わせて、間接的に情報・ネタを浮かび上がらせ、それで楽しませる。それって今までにない新しいやり方だと思うんです。DJが音をつなぎ合わせていくように、僕は情報をつなぎ合わせて“文脈”を形成し、盛り上げたい。

――その“文脈”を読み込んで楽しめる人が少ない状況についてはどう思う?東浩紀が「動物化」と言うような。

ρ 岡田斗司夫の『オタクはすでに死んでいる』を読んで思ったんだけど、たとえば、ニコ動見て仲間内で盛り上がって、それで満足しちゃって、もう学ばない、それ以上は要らない、みたいな雰囲気は感じる。昨日注:DENPAに行っても、やっぱりそれは顕著に感じましたね。

α 本当知ってるネタはすごい盛り上がるけどね。

ρ 昔はオタクって「興味のあることをとことん追求する人」のことを言ったじゃないですか。でもそれがちょっと変わってきてて、若い世代はそういう探究心が薄れてきていると思う。昔は好きなアニメを見るために夜更かししたり、努力する必要があったけど、今はいつでもネットで見られる。あまりに簡単に情報を手に入れることができるようになったからなのか、与えられる情報をひたすら鵜呑みにしているところがあると思いますね。

Ω 僕は古い人間なんで、歴史的な“縦のライン”が大事だと思ってるんです。神話とか古典とか、長いこと語られてきたモノをきちんと抑えておきたい。その価値観に照らし合わせて、情報を選択するようにしています。でも今は例えば1クール前のアニメのパロディを現クールのアニメでやったりして、むちゃくちゃ消費のペースが速い。それって内輪ネタで、しばらくして見直したらきっと意味が分からない。何の影響も残さないんじゃないかな。

α 今はそういう瞬間瞬間で作っても、それを見て楽しむ人がいるっていう、躁状態みたいなのが続いてる感じがする。

Ω でもそうは言っても、κはそういうニコ動の文化に親しんでいるというか、最近のアニメをよく見てるよね。

κ 最近のアニメしか見てないんで。アニメ見るようになったのは大学入ってからなんですよ。

α そのバランスが面白いよね(笑)。

κ でもやっぱり、エヴァとかは直で使いたくはないっていうのはありますね。

――確かに、ちょっと外してネタを選んでるよね。

κ あ、そうですか、それは意識してます(笑)。

――κのVJって、最大公約数的に作られたメインストリームのアニメが、それゆえにとりこぼしてしまう“小さな面白さ”を拾ってる。たとえば夜中に一人で(κもVJ素材として使っている)『ちょこッとSister』を見てた時の背徳感というか(笑)。

κ 僕もオープニング見直して、これ使えるなって(笑)。

――決してメインストリームにはならないんだけど、一人一人の小さな琴線というか欲望に触れてくる作品への眼差しを失わない。対してΩのVJは、そういう時代性からは距離をとってネタを選ぶよね。「餅つき」の映像を使うとか。

Ω 実家が米屋で、年末に親戚や知り合いが集まって餅つきをするんですよ。それを撮影して、編集しました。

http://jp.youtube.com/watch?v=089CcQLSQsg
コチラのリンクを参照

ρ あれ、父がいいなって言ってた。映像じゃなくて、この音楽がいいなって(笑)。この音楽はなんだって聞かれて、わかんないけどお兄ちゃんが聴いてるやつだよって言っておいた。

Ω その話は初めて聞いたな(笑)。でもそれは嬉しい。50過ぎの父が餅つきの動画見て、「テクノいいじゃん」ってあり得ないじゃないですか(笑)。つながるはずのないものが、僕の仕掛けでつながっていくっていうのは嬉しいですね。

注: DENPA!!! 第六夜 「決戦!第三真音響詩」
6月6日に青山everで行われたアニソン・電波ソングを主体としたクラブイベント

後半へ続く

**********************

遠藤一郎 & 愛☆まどんなインタビューは コチラ!

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