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2007/10/21

すでに世界は崩壊し始めている

矢内原美邦プロジェクト 青い鳥

2007年9月24日(月祝)吉祥寺シアター

Aonotori

評=榎本了壱

「青い鳥」は、また新しい展開を見せてとても面白かった。
言葉もダンスも早すぎて、ほとんど3倍速くらいだったから、
可読性が悪く、動体視力の悪いやつらはどんどん置いてってしまうという、
すさまじい超高度情報化社会の先端アートを見ている感覚。

 けれども、そのときすぐに解釈できなかったものが、
それがちゃんと脳内にインプリントされてしまっていて、
井の頭線に乗って三鷹台駅を通過するぐらいのところから、
場面がリヴァースされ始め、矢内原美邦が何を伝えたかったのかが、
はっきりと覚醒するように読み取れてきた。
いや正確には、読み取れたような気持ちになってきた。
海洋動物と、ペットと、昆虫とをそれぞれに研究する研究者たち、
あるいは極めて限られたものとしか自分と対峙(関係)するものを持たない
モノラルな人間たちが、あたらな関係を持とうとする時、
そこから混乱を抱え込みながら、世界が始まっていく。その通りなのだ。
まるで、キリスト教とイスラム教が出会ってしまったように、戦いながら。
世界はそれぞれが孤立散在している時は、実は世界ではないのだ。
それは連鎖する集団でしかない。関係が生じることによって初めて世界が生じ、
グローバリゼーションという概念も発覚する。
そして生態系や、環境汚染が起こることによって関係が崩れ、世界が終わる。
「青い鳥」は、野生猫を探すという関係の発生から、世界が始まりだし、
同時に、生態系の破壊という認識から、世界が終わろうとする。
世界を発見しつつあるときに、すでに世界は崩壊し始めているというすさまじい物語なのである。
と、明大前駅あたりで結論が出た。

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