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2006/10/27

19世紀末の豪華絢爛なデザインの宝庫・映画    『クリムト』いよいよ公開

『クリムト』

10月28日より、
東京・渋谷Bunkamura ル・シネマ、シネスイッチ銀座 ほかにて、全国順次公開

19世紀末、ウィーン。
時代に嫉妬されたひとりの天才画家がいた。

★クリムトと旅する19世紀末ウィーン文化

夢と現(うつつ)の狭間に身を置いた画家の危うい精神世界を描き出している本作。クリムト本人がデザインを手がけた衣装の再現や『クリムト』のために作られた100点を超える衣装の数々、そして19世紀末のカフェハウスのインテリアなど、細部にいたるまで当時を意識した世界観はまさに美の洪水。絢爛豪華な世紀末のウィーンを私たちは目の当たりにする。

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★『クリムト』公開記念の衣装展が、箱根ラリック美術館にて開催中!
  10/21(土)~11/3(金・祝)


11/5(日)~11/15(水)は、渋谷・東急本店1F正面特設コーナーに場所を移して開催。
映画『クリムト』の公開を記念して、劇中で使用した本物の衣装の展示会を開催。
グスタフ・クリムト本人がデザインを手がけた衣装の再現など、劇中でジョン・マルコヴィッチ演じるクリムト、ヴェロニカ・フェレ演じるミディ(エミーリエ・フレーゲ)が着用した衣装・帽子を展示絢爛豪華な世界観を思う存分堪能下さい。

「エロス」と「タナトス(―死―)」、クリムトが描いた究極の愛

 19世紀末、オーストリア。時代より遥かに先を行ったひとりの天才画家がいた。
――グスタフ・クリムト。
彼の作品には「エロス」が充溢している。官能と情熱に満ち溢れた世界、あでやかで豊かな色彩、描き続けた「ファム=ファタル(宿命の女)」…。キャンバスの中の女性はなまなましいほどの肉感をたたえながら、恍惚の表情を浮かべてさえいる。「モデルに触れないと描けない」画家は、触れることで対象から何を導き取り、感じ、絵筆を執っていたのか。
 当時、ウィーンには彼の子どもが30人もいたという。
 1900年パリ万国博覧会において「哲学」で金賞を受賞し、仏アール・ヌーヴォーの先駆者ともなったクリムトだったが、パリでの賛辞は故郷ウィーンでは“ウィーン文化全体に泥を塗るひどいスキャンダル”と罵倒されてしまう。
 それは、先進的なパリとは対照的に、保守的なウィーンではタブーとされていた裸体、妊婦、性描写をこともなげに描いたクリムトに対する、時代からの嫉妬だった…。
 19世紀はエロスを抑圧してきた時代。19世紀末ウィーンで、これまで隠されてきたものへの欲求はより強まり、抑えきれなくなったクリムトはエロスの闇をのぞこうとした。フロイトはその闇を解明しようとしたのである。女性の裸体、妊婦、セックスなど、赤裸々で官能的なテーマを描くクリムトの作品は、甘美で妖艶なエロスと同時に、常に死の香りが感じられる(若い娘の遺体を描いた作品もあるほどである。また、「ファム・ファタル」(宿命の女)も多用されたテーマで、本作では、サフラン・バロウズ演じるリア・デ・カストロが、圧倒的な美しさで演じている。『接吻』に代表される、いわゆる「黄金の時代」の作品には金箔が多用され、絢爛な雰囲気を醸し出している。

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本作中の謎の”ファム・ファタル”レア。彼女は存在していたのかいないのか・・・。

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--ラウル・ルイス監督--

クリムトの独創的な作品の特徴、卓越された美意識、多様な色彩、空間的なゆがみ、クリムト特有の複雑なものの見方を映像の中に生かすようにした。そして豊かだがどこか不気味な19世紀末を再現し、その背景を明らかにしようとした。
 本作は夢と現(うつつ)、正気と狂気が入り混じった作品である。
 物語の舞台はハプスブルク家の衰退と、慌しく揺れ動く19世紀末のウィーン。ほとばしる感情と秘密の恋愛、性的欲望を持っていると注目の的になってしまうような時代だった。
 クリムトが全体よりも細部に、総合的な表現よりもディティールにこだわったように、私も細かい部分に対する欲求を持っている。この作品は美と喜び、そして19世紀末の頽廃的な美意識にあふれていると同時に、死に対する意識と死への予言もはらんでいる。
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★本作では、衣装、アクセサリーも見ごたえあり!

 クリムトが生きた時代は、絵画だけでなくファッションにおいても革命的な時代だった。何世紀にも渡って身につけてきたガードルを脱ぎ捨てた時代。頭の中に自由な思想を持つだけではなく、体の制約からも解放された女性たちが新時代に歩み出そうとしていた時代である。
 クリムトと公私ともにパートナーであり続けたエミーリア・フレーゲは、1905年、妹と一緒に高級モード・サロン「小さな家(カーサ・ピッコラ)」を開く。それは、インテリアにヨーゼフ・ホフマンとコーロー・モーザー、調度品一式をウィーン工房、ショップカードはクリムトが手がける、という贅沢なものだった。クリムトは彼女の店で売られる服のデザインも手がけている。新しいトレンドを飽くことなく追求し続けた時代の先駆者的な自立した女性といえるだろう。
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クリムトのパートナーであり続けたエミーリア・フレーゲ(本作ではミディ)
(C) epo-film, Bernhard Berger. All Rights Reserved.

★ウィーン工房とは?

20世紀始めに建築家ヨーゼフ・ホフマンとデザイナーコロマン・モーザーによって設立された工房。ウィリアム・モリスのアーツ・アンド・クラフツに影響を受けたもので、1903年に設立。工芸、家具、装丁などを手がけた。若い画家に描かせた絵葉書や、オスカー・ココシュカの画集も刊行。ウィーン工房の作品で特に有名なものはストックレー邸(1905-1911年)で、ホフマンが建物を設計し、グスタフ・クリムトが食堂の壁画を描いたほか、家具から食器まで、あらゆるデザインをウィーン工房が手がけた。ウィーン工房で作られていたアクセサリーは、人の手によって作られるクラフト感覚を重視し、コンテンポラリージュエリーに通じるアクセサリーが多い。

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★クリムトが起こしたウィーン分離派の動きとは?

ウィーン分離派は、 1897年にウィーンで画家グスタフ・クリムトを中心に結成された新しい造形表現を主張する芸術家のグループ。活動は、イギリスのウィリアム・モリスによるアーツ・アンド・クラフツ、ヨーロッパ全体に広がったアール・ヌーヴォーなどに影響を受け、過去の様式に捉われない、総合的なモダンデザインへの道を切り拓いた。クリムトに見られるように世紀末の官能的、退廃的な雰囲気も漂わせている。アール・ヌーヴォーは当時流行していたジャポニズムの影響を強く受け、浮世絵に見られるような平面的かつ装飾的な空間構成を取り入れている。

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植物をモチーフにしたデザインのドレスを着たエミーリア・フレーゲ
(C) epo-film, Bernhard Berger. All Rights Reserved.

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■グスタフ・クリムト〔1862~1918年〕

1862 7月14日ウィーン郊外に彫金師の長男として生まれる。
1876 工芸学校に入学。弟のエルンスト、ゲオルクも後に同校に入学する。
1879 弟エルンスト、友人のマッチュとともに装飾の仕事を始める。
1888 皇帝フランツ・ヨーゼフより、黄金功労十字章を受ける。
1892 父と弟エルンスト死去。
1896 ウィーン大学行動天井画「哲学」「医学」「法学」の制作に着手。
1897 ウィーン分離派結成。会長に選任される。
この頃から、恋人エミーリエ・フレーゲ(本作ではミディ)とアッター湖畔で夏を過ごすようになる。
1900 第7回分離派展に未完成の「哲学」を出品。裸体を大胆に描いたことで、スキャンダ   ルを巻き起こす。パリ万博では同作品が金賞を受賞する。

1901 第10回分離派展に「医学」出品。さらに批判をあびる。
1902 マックス・クリンガーのベートーヴェン像の完成を記念して開催された、第14回分離派展にて、壁画「ベートーヴェン・フリーズ」を発表する。会場構成は建築家のヨーゼフ・ホフマンが担当。6月、ウィーンを訪れた彫刻家ロダンと出会い親交を深める。
1903 第18回分離派展でクリムト個展開催。「法学」を含む80点を出品する。
1905 ウィーン大学講堂天井画の制作を打ち切り、制作費を返還し作品を引き取る。
分離派内で対立が起こり、クリムトほか18名が脱退する。
1906 オーストリア芸術家連盟を結成。
1907 エゴン・シーレと親交を深める。
1911 ローマ国際美術展で「死と生」が最高賞受賞。
ローマ、ブリュッセル、ロンドン、マドリードなどを旅行。
1914 サラエボ事件。第一次世界大戦開戦。
1916 皇帝フランツ・ヨーゼフ1世崩御。実質的にハプスブルグ家が終焉を迎える。
1918 1月11日朝、脳卒中で倒れる。スペイン風邪の影響で肺炎を併発し、2月6日午後6時死去。10月31日エゴン・シーレもスペイン風邪により死去。

(参考文献:「アール・ヌヴォーの世界3 クリムトとウイーン」学習研究社 刊)
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★クリムトと同じ時代を生きた芸術家たち

◎フランス・ベルギー
■ガラス工芸の分野ではエミール・ガレやルネ・ラリック。
■絵画・デザインの分野ではチェコ出身でパリで活躍したアルフォンス・ミュシャ。
■建築の分野ではエクトール・ギマール(代表作:カステル・べランジェ、パリのメトロ入口など)やベルギーの建築家ヴィクトール・オルタ(代表作:タッセル邸、ソルヴェイ邸など)、ヴァン・デ・ヴェルデ。

◎イギリス
■アール・ヌーヴォーに先行してアーツ・アンド・クラフツ運動を起こし、そのデザインや活動はアール・ヌーヴォーにも影響を与えたウィリアム・モリス 。
■モリスの影響を受け、グラスゴーで活躍したチャールズ・レニー・マッキントッシュ
■『サロメ』(ワイルド作)の挿絵が有名。官能的な絵画はアール・ヌーヴォーの典型といわれる画家のオーブリー・ビアズリー。

◎ドイツ・オーストリア
■オットー・ワーグナー(建築家)
■エゴン・シーレ(画家)
■オスカー・ココシュカ(画家)

◎スペイン
■アントニ・ガウディ(建築家)

◎アメリカ
ルイス・カムフォート・ティファニー(宝飾デザイナー、ガラス工芸家)

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『クリムト』
 

監督・脚本:ラウル・ルイス
ジョン・マルコヴィッチ/ヴェロニカ・フェレ/サフラン・バロウズ/
ニコライ・キンスキー ほか出演

2006年/オーストリア・フランス・ドイツ・イギリス合作/97分/カラー
35mm/アメリカン・ヴィスタ/Dolby SRD/原題:Klimt
字幕翻訳:古田 由紀子
編集協力:植田 泰
(C) epo-film, Bernhard Berger. All Rights Reserved.

後援:オーストリア大使館、ウィーン代表部、オーストリア政府観光局
配給:メディア・スーツ

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編/A.okada

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