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2006/04/17

“ストロベリークリームと火薬”

椿昇(アーティスト)

2004年の秋、僕はヨルダン川西岸のラマラにいた。ほこりまみれのワーゲンを陽気にドライブするハナさんに案内されて、エルサレムの旧市街や、白茶けた岩の転がる丘陵地帯を縫うように走った。

観光の目的はカランディアのチェックポイント、無数のセトゥルメント(入植地)、そしてウォール。かってイエスがさまよい歩いたその台地には、新しい光景が延々と伸びていた。僕は日本人という中途半端さをせいいっぱい抱え、圧倒的な現実と歴史の隙間で冷静さを保とうとしていた。ミッションはパレスチナ・アルカサバシアターの新作舞台装置の制作。死を奪われ現実を奪われ宙吊りになった日本人の僕が、死と現実と隣あわせに暮らす人々と、笑いや悲しみを共有できるのだろうか。
同じ年、チェックポイントを挟んだジェルサレムではもうひとつの作品が初演されていた。ヤスミンゴデール振り付けの「ストロベリークリームと火薬」。メディアが増産する暴力シーンをフラッシュバックのようにダンサーの身体に刻印する振り付け。サウンドはWネックギターをかき鳴らす黒い男のみ。白茶けた約束の地を表象するとおぼしき薄茶色のビニールカーペット。奥にくるくると回転するむき出しの洗濯機のモーター。取り付けられた蛇腹のホースから、セトゥルメント(入植地)を吹き渡る風のような音がなげやりに響き、オリーブの林はかきむしられる。
高度に抽象化された舞台装置と、思いのほかナイーブなコンテンポラリーダンスとの遭遇。そして絶対的に棚上げされた眼前の「死」。エリアスレイマンの「D・I」にも見られた現実からの意図的な乖離が、ダンサーたちの身体から最後のとどめを刺す力を奪っていた。日本人とイスラエル人。加害と被害の半世紀を生きるなかで、まったく異なる状況にありながら、見えない鎖に縛られていること自体を表現としてきたのかもしれない。そして収奪者は申し訳なさそうに高い評価というエクスキューズを我々に与えた。911以後、見えないタブーはますます分厚くなり、世界は非対称性を強めてゆくばかりではないのか。

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