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2006/04/17

“横浜ダンスコレクション R 受賞者公演”

     Yokohama_dance_collection

榎本了壱  評

岡本真理子「プチサバイバル・ガーデン」
『自閉者のためのテリトリー論』 

ホワイエのテーブル周りで、黒地に白いひまわり模様のノースリーブのワンピースに、ゴーグルをかけサボ(オランダの木靴)をはいた岡本が、呪術師のように、霊能者のように、立ち居振舞っている。オーディエンスは「なんこっちゃ」といった感じで近い位置から岡本の作業を観察しているが、結局なんだか分からないうちに岡本は、駆け込むように劇場ホールに入っていく。オーディエンスも後からドヤドヤ入場する。

「ステージのオブジェをご覧ください」といっていたと思うが、舞台には陶製のラッパ状、紡錘形、管状のオブジェ(森田春菜・作)や、ポータブルのオープンリール・デッキ等が散乱している。青い小さなテントもある。どうやら去年展開した「BOTANGUMO」の続編のようだ。
サボをはいてカタカタと周辺を散策する。と思うとすぐに青テントのなかに入ってしまう。しかしその中からはドラえもんのポケットのようになんでも出てくる。散在というのは間違いだ。オブジェは直径10メートルほどの中に、彼女しか分からない秩序によってそこにあるのだ。ほかの人には決して解くことの出来ない極微の関係性によって、確実に存在している。それを新しい関係に置き換えること、まるで動けない生き物の意向を聞きながら移動させる、それが彼女に課せられた作業であり、生活そのものなのである。
他人にとっては意味のない、無為の行為こそ、彼女にとって絶対のかけがえのない日常作業となる。これをやめてしまうと、彼女は死んでしまうに違いない。彼女はその作業に熱心になればなるほど、その小さなテリトリー(自己管理領域)の中で、ますます完璧な自閉者になっていく。なんというピュアな行為だろう! こんな行為こそをいうまでもなく、アートというのである。

★★★★☆

東野祥子「Double・・・・・・・・・・・・montage」
『ストレンジなシークエンスを合成する』

ちょうどホリゾントの部分にあたる、レンガ壁にうがたれた楽屋への出入り口のところが、スクリーンでふさがれていて、エキセントリックな真っ赤な唇の女性の顔面アップの画像。エロティシズム、コケットリー(媚態)、挑発、ソサエティと孤立、こうしたワードが東野のダンスのコンテンツとしていつも仕込まれている。そして全体をストレンジなシークエンスによって縫合していく。今回の作品「ダブル・・・モンタージュ」は、そうしたダンスの構造自体をタイトルにしているのだ。
舞台は東野の極めてフィジカルなソロ、あるいはデュオに対して、エレクトロニクスで整形された、極めて人工的でストレンジな光景が、幕間狂言的に差し挟まれる。二つの世界を同時に断片的にフラッシュバックして重ね合わせるように展開する。
二つの世界ははじめ全く無関係に進行しているかのように見えるのだけど、差し挟まれるストレンジなシークエンスが、東野のソロにじわじわと影響を与えだしていく。つまり東野のダンスは、皮膜のように隔てられたところから、送信される煩雑で猥雑な日常性に蝕まれだし、ついにはその世界の秩序の中に引きずり込まれてしまうといった関係を描こうとしているはずなのだ。
しかし差し挟まれるシークエンスの設定が未整理で、ストレンジさだけが際立ち、結局東野の柔軟かつ強靭、コケットリーかつナイーヴな身体の動きの面白さで、収支決算している危うさも感じる。

★★★★☆

濱谷由美子「R」
『暴力は愛を誘発するか』

濱谷由美子と椙本雅子のペアは、スチュアーデスの格好で「アテンション・プリーズ」と踊りだし、アンナミラーズのミニスカ・ウエートレスのようになって、キッチュでゴージャスでパラダイスなダンスを楽しませてくれていた。それが動きに強さをつけて、まるでラララ・ヒューマンステップスのスーパーダンサーだったルイーズ・ルカヴァリエを連想させるような、激しい身体性を強調する作品に入っていき、それこそ膝には分厚いサポーターを巻かなくては体が壊れてしまうような、愛と闘争と暴力の、内側へ挑発する自虐的な「女子プロダンス」への道を歩んできた。今度の「R」も、その延長線上にある。
「R」は、椙本の濱谷への加虐的な暴力行為から始まる。しかしこれでは単なるサドマジズムにみえてしまう。暴力からやがて濃厚な愛に、関係が転化していくそのことも、心理学で言い尽くされた公式の忠実な再現にしかならない。
やがてふたりは、ステージのツラと奥に別れて、遠隔関係を保ちながら、ぽつねんと爪先立ち、それが苦行のように、与えられた愛の罰を受けるように、生理痛をこらえるような痛みの中で10分近く、ただただ屹立し続ける。そして中央に広げた白い布の上に入って、象徴的にスポットの光を仰ぐように、両手を挙げて上を見上げたところで作品は終わる。
前半のラディカルなムーヴメントと、後半の静的な時間の対比を狙ったのかもしれないけれど、これではどう考えても前後の関係があまりにも唐突につなぎあわされている感じで、違和感がけが残る。しかも最後の光を仰ぐシーンの象徴性は、もう60年代の現代舞踊のようにみえてしまう。先の見えない真っ暗な海にでも投げ出されたような、濱谷のクリエーションがとても気になった。

★★★☆☆

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