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2006/04/14

#003 『イナバウアーの奇跡・軌跡』

榎本了壱  評

荒川静香の金メダル情報もそろそろ、各メディアが飽きて来た感じので、もう一度、何であんなにイナバウアーがウケてしまったのか考えてみることにします。

といっても、yahooでイナバウアーを検索すると、2,790,000件も出てくる。これはもう完全に今年の「流行語大賞」の有力候補であることは間違いない。週刊誌でも、「イナバウアーな人々」などといって、のけぞってしまいたくなるような人たちの特集も組まれているほどだ。
イナバウアーというのは、1950年代の西ドイツ(当時)のフィギュア選手、イナ・バウアーが始めたことは、各メディアで紹介されているから言うまでもないが、yahooではそのプログラムを、「1ストローク中に長い距離、長い時間を同じ姿勢を保ったまま滑る『ムーブ・イン・ザ・フィールド』の一つ。両足のつま先を外側に大きく開いたまま横に滑る『スプレッドイーグル』を変形させ、一方のヒザは曲げ、もう一方の足は後ろに引いて伸ばした姿勢で、両足のつま先を外側に大きく開いて横に滑る」と、説明している。
そう、イナバウアーはアクロバチックに反りながら滑ることを特徴とするのではなく、足の開き方と、長い距離、長い時間を同じ姿勢を保つということにその規定があるだけなのだ。それに反りを加えたのは荒川静香が初めてではないにしても、オリジナルのイナバウアーをさらに変形強調したもので、静香ちゃんはあえて、得点に結びつかない演技を、自らの励みとしてプログラムに加えて、金メダルを取った。そこが、ジャーナリズムの焦点になっているし、無欲な静香ちゃんの態度を伝えるエピソードにもなっているし、観衆の共感にも結びついて、ついに2,790,000件の情報にまで膨れ上がってしまったのである。
では、何で、静香ちゃんのイナバウアーがそんなによかったのか。それは静香ちゃんの体の大きいことで、反りが強調されるのもそうだろうし、体の柔らかさは変形イナバウアーをやるのにもってこいの資質をしていたといえる。しなやかな落ち着いた態度と、ゆったりとした時間を維持する忍従をクールに見せる表情もよかった。しかしなにより静香ちゃんのイナバウアーの迫力は、静香ちゃんの顔の大きさではないかと思う。女性の顔が大きいというのは少しもほめ言葉ではないけれど、この際はそれが極めて有効に働いた。あるいは言い換えれば、しっかりとした顔の輪郭の勝利といってもいい。それはちょうど、鏡面状に凍りついた湖の向こうに、少し紅潮したまあるい月がゆっくりと沈んでいく、そんな風情が、静香ちゃんのイナバウアーにはある。
私たちは、もう少しすると、イナバウアーの名前を忘れてしまうかもしれない。しかし冬のオリンピックが近づくたびに、フィギュアの国際試合が始まるたびに、まるで呪文のように、きっとイナバウアーを思い出すのではないだろうか。

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